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    英雄ヤマトタケルノミコト(日本武尊)とは?伝説や祀られている神社を紹介!

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    日本神話などで度々登場する、ヤマトタケルノミコトをご存知でしょうか。
    ヤマトタケルノミコトは戦いの神といわれることも多く、英雄としてのイメージも強いです。

    ここでは、そんなヤマトタケルノミコトについて

    • 神話
    • 伝説
    • ご利益や祀られている神社

    などを紹介しましょう。
    ぜひ、最後まで読み進めてみてください。

    目次

    ヤマトタケルノミコトってどんな神様?

    ヤマトタケルノミコトと聞くと、冒頭でも触れたように「戦いの英雄」というイメージを持つ方が多いではないでしょうか。そのイメージは間違いではなく、ヤマトタケルノミコトには様々な武勇伝があります。

    一体どんな神様なのか、詳しく説明していきましょう。

    ヤマトタケルノミコトと神話

    ヤマトタケルノミコトは、古事記にも日本書紀にも登場します。
    そのどちらでも、英雄として記されているのです。
    ヤマトタケルノミコトは景行天皇を父に持ち、大和政権が国土を広げるために活躍します。

    父の命令で西の熊襲、東の蝦夷を討伐しに行きました。
    無事どちらも討伐に成功するのですが、帰る途中に神の怒りに触れて倒れてしまいます。

    なんとか必死に帰ろうとするものの、大和につく前に亡くなってしまうのです。
    その際、白鳥になって飛び立っていったと言われています。

    名前の由来

    ヤマトタケルノミコトという名前は、敵を倒した勲章として相手から与えられた名前です。
    クマソタケル兄弟の弟を征伐した際「おまえにヤマトタケルノミコトの名をやろう」と言われたことから、
    そう呼ばれるようになりました。

    ヤマトタケルノミコトというのは、一言でいうと「勇敢な人」という意味です。

    ヤマトタケルノミコトと草薙剣

    草薙剣は、三種の神器のひとつです。
    三種の神器は代々天皇に受け継がれていくものになります。

    ヤマトタケルノミコトの父親は景行天皇ですが、草薙剣は父親から譲り受けたわけではありません
    草薙剣は父親ではなく叔母から受け取ったもので、子供の頃から神器である草薙剣を使いこなしていたそうです。

    ただし、敵を倒す目的で草薙剣を使ったというエピソードはありません。
    ヤマトタケルノミコトが草薙剣を使ったのは、草を薙ぎ払ったときのみです。

    野原で焼き討ちにあった際、火を退けるために使ったと言われています。

    アマテラスオオミカミとの関係

    ヤマトタケルノミコトとアマテラスオオミカミには、直接的な関係はありません
    ヤマトタケルノミコトは国津神のひとりであり、アマテラスオオミカミは天津神です。

    しかし、草薙剣を含む三種の神器はアマテラスオオミカミに献上されていたという話もあります。
    草薙剣は、アマテラスオオミカミの弟であるスサノオノミコトがヤマタノオロチを倒した際に見つけたもの。

    その後アマテラスオオミカミに献上されていたのであれば、ヤマトタケルノミコトともどこかで繋がっているのかもしれません。

    ヤマトタケルノミコトの別名

    古代の神様や英雄の呼び方は、ひとつとは限りません。
    ヤマトタケルノミコトには、以下のような他の呼び名があります。

    • ヤマトオグナ
    • オウスノミコト

    オグナというのは男の子という意味で、小さい頃そう呼ばれていました。
    どちらも、「ヤマトタケルノミコト」という名前を貰う前の呼び名となります。

    ヤマトタケルノミコトの伝説

    ヤマトタケルノミコトは古代の英雄ですので、多くの伝説が残されています。
    その伝説の多くは、いかに荒ぶる少年だったのかを物語っていると言えるでしょう。

    兄を殺害

    ヤマトタケルノミコトには、双子の兄がいました。
    あるとき、兄が家族での食事の席に姿を見せなくなったそうです。

    このとき父親は、ヤマトタケルノミコトに「兄を諭すように」と言いました。
    「諭す」の意味を捉え間違えたのか、ヤマトタケルノミコトは兄を殺害してしまったのです。

    ヤマトタケルノミコトに兄の件を頼んだものの一向に状況が変わらないことを不審に思った父親が、
    「まだ諭していないのか」と尋ねます。
    すると、何事もなかったかのように「兄を捕まえて手足を引き裂いて殺し、袋に入れて捨てました」
    と答えたそうです。

    荒くれ者を征伐

    兄を惨殺したヤマトタケルノミコトに恐怖心を覚えた父親は、クマソタケル兄弟の征伐を命じます。
    その際ヤマトタケルノミコトは、叔母から女性ものの衣装を借りていったそうです。

    クマソタケル兄弟は宴を楽しんでいたため、油断させるために女装して宴に紛れ込みました。
    兄弟に気に入られたヤマトタケルノミコトは、隙を見てまず兄を殺害します。

    そのあと弟を殺害するのですが、弟が死ぬ際に贈ったのが「ヤマトタケルノミコトという名前」だそうです。

    また、クマソタケル兄弟征伐から大和へ帰る途中にも荒くれ者を征伐しています。
    征伐したのはイズモタケルで、だまして相手が戸惑っている瞬間に殺したそうです。

    一瞬の隙を見逃さないところは、やはり戦いのセンスが抜群に良かったのだと言えるでしょう。

    焼け野原から脱出

    ヤマトタケルノミコトは、騙されて野原で焼き討ちにあいました。
    その際、持っていた草薙剣で草を薙ぎ払って炎を退けます。

    また火打ち石を持っていたので、火を起こして敵を焼き尽くしたそうです。
    こうしてヤマトタケルノミコトは、焼け野原からの脱出に成功しました。

    ちなみに静岡県の「焼津」という地名は、ヤマトタケルノミコトが敵を焼き尽くしたことが由来になっていると言われています。

    妻の愛

    ヤマトタケルノミコトには、オトタチバナヒメノミコトという妻がいました。
    オトタチバナヒメノミコトは、荒ぶる海を鎮めるためにその身を海に投げるのです。

    結果海は鎮まりましたが、オトタチバナヒメノミコトは荒波に飲まれてしまいます。
    帰ってこなかった妻を思い、ヤマトタケルノミコトは何度も「あずまはや」と悲しんだそうです。

    「あずまはや」とは「我が妻よ」という意味なので、どれだけ妻を大切に思っていたのかが伝わってきますね。

    白鳥となり飛び去る

    ヤマトタケルノミコトは東西を征伐した帰りに倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまいます。
    帰り道の途中で病気によって亡くなるわけですが、その際白鳥になって飛び去ったという言い伝えがあるのです。
    ヤマトタケルノミコトは白鳥になり、天に帰ったのかもしれません。

    また別の説では、ヤマトタケルノミコトは白鳥となって恋しい国(母国)に帰ったそうです。
    そのとき降り立った場所に御陵をつくり、その場所は「白鳥の御陵」と呼ばれるようになりました。

    白鳥になったヤマトタケルノミコトがどこに向かって飛び立ったのかは分かりませんが、白鳥になって飛び立ったというのは伝説として言い伝えられているのです。

    ヤマトタケルノミコトのご利益

    ヤマトタケルノミコトを信仰すると、どんなご利益があるのでしょうか。
    ヤマトタケルノミコトは戦いに長けていて国土を広げたことから、以下のようなご利益があると言われています。

    出世開運

    ヤマトタケルノミコトは、大和政権の英雄です。
    父親は天皇ですし、悪者を次々と討伐するヒーローだったと言えるでしょう。

    そのため、信仰すると出世や開運のご利益が得られると言われています。

    仕事運向上

    ヤマトタケルノミコトは子供の頃から、様々な命を全うしてきました。
    東西の荒くれ者を征伐したときも、まだ子供だったのです。

    つまり、ヤマトタケルノミコトは子供の頃から多くの仕事をこなしてきたと言えます。
    そのため、ご利益としては仕事運向上も有名なのです。

    勝負運

    ヤマトタケルノミコトは、多くの戦いに勝利してきました。
    クマソタケル兄弟を倒したときは女装し、その場を乗り切ったのです。

    イズモタケルのときは騙し討ちに勝っています。
    このように様々な勝負に勝ってるため、信仰すれば勝負運を高める効果も期待できるでしょう。

    国土安泰

    ヤマトタケルノミコトは、大和政権の領土を広げるために東西に征伐しに向かいました。
    目的は国を広げるためであり、その任務を全うしています。

    だからこそ、信仰すると国家安泰や国土安泰などのご利益が得られると言われているのでしょう。

    ヤマトタケルノミコトが祀られている神社

    ではここで、ヤマトタケルノミコトが祀られている神社をいくつか紹介します。
    ヤマトタケルノミコトが祀られている神社は、ヤマトタケルノミコトとゆかりのあるものばかりです。

    近くを訪れた際は、ぜひ足を運んでみてください。

    建部大社

    神社情報
    住所〒520-2132 滋賀県大津市神領1-16-1
    電話番号077-545-0038
    公式サイトhttp://takebetaisha.jp/
    主祭神ヤマトタケルノミコト
    ご利益開運、出席、必勝、厄除、災難除

    建部大社は、亡くなったヤマトタケルノミコトを嘆いて景行天皇が定めたと言われています。
    建部大社に祀られている女神像は、ヤマトタケルノミコトの御妃をモデルにしているそうです。

    平安時代に作られたもので、国の重要文化財に認定されています。
    8月に行われている納涼船幸祭は、ヤマトタケルノミコトが船団を従えて海路を辿ったとき再現しているそうです。

    ライトアップやお神輿の動きに合わせて打ち上げられる花火など、魅力的なイベントだと言えるでしょう。

    大鳥大社

    神社情報
    住所〒593-8328堺市西区鳳北町1-1-2
    電話番号072-262-0040
    公式サイトhttps://www.ootoritaisha.jp/
    主祭神ヤマトタケルノミコト
    ご利益勝負運、開運、厄除、交通安全

    大鳥神社は、白鳥となったヤマトタケルノミコトが最後に立ち寄った場所だと言われています。
    大鳥神社の千種森は、白鳥が舞い降りた際一夜にして樹木が生い茂ったそうです。

    10月には美波比社例祭が行われています。
    パレードやお神輿などが商店街を駆け抜ける姿は、まさに圧巻です。

    加佐登神社

    神社情報
    住所〒513-0003 三重県鈴鹿市加佐登町2010番地
    電話番号059-378-0951
    公式サイトhttps://www.kasado-jinja.com/
    主祭神ヤマトタケルノミコト
    ご利益病気平癒、家内安全、健康祈願、厄除

    神社の北西にある白鳥塚は、ヤマトタケルノミコトのお墓として知られています。
    白鳥となったヤマトタケルノミコトが消え去ったのが、この地だと言われているのです。

    また10時の例祭は、神社で最も盛り上がるお祭りのひとつ。
    お神輿や山車が町内を練り歩く姿を見るため、県内外から多くの人が訪れています。

    草薙神社

    神社情報
    住所静岡県静岡市清水区草薙349
    電話番号054-345-8426
    公式サイトhttps://kusanagijinjya.jp/
    主祭神ヤマトタケルノミコト
    ご利益開運、勝負運など

    草薙神社は、ヤマトタケルノミコトが草を薙ぎ払って難を逃れた場所にあります。
    ヤマトタケルノミコトが焼き討ちにあった場所が、草薙神社のある場所なのです。

    9月に行われる例大祭は、草薙神社の創建を祝うもので非常に盛り上がるお祭りと言えるでしょう。
    地元の人だけでなく、多くの観光客も訪れています。

    たいへん賑わいのあるお祭りなので、ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。

    焼津神社

    神社情報
    住所〒425-0026 静岡県焼津市焼津二丁目七番二号 
    電話番号054-628-2444
    公式サイトhttps://yaizujinja.or.jp/saijin/
    主祭神ヤマトタケルノミコト
    ご利益家内安全、厄除、心願成就など

    焼津神社は、ヤマトタケルノミコトの知恵と勇気と優しさを称えるために建てられました。
    焼津は、ヤマトタケルノミコトが焼き討ちから逃れた場所でもあるのです。

    そんな焼津神社には、「幟担ぎ」「神ころがし」という全国的に見ても珍しい御祈禱が行われています。

    幟担ぎは赤ちゃんが生まれてから3年間を通してお参りをするもので、神ころがしは幟担ぎ1年目の赤ちゃんが受けるものです。
    赤ちゃんの成長を祈るイベントが多いことも、焼津神社の特性だと言えるでしょう。

    まとめ

    古代の英雄、ヤマトタケルノミコトについて紹介しました。
    ヤマトタケルノミコトは数々の敵を征伐するなど、勇敢に国のために戦ってきた人です。

    草薙剣を使いこなし、困難に打ち勝ってきたとも言えるでしょう。
    ヤマトタケルノミコトは英雄として称えられていますので、ぜひ一度祀られている神社を訪れてみることをおすすめします。

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